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2026.05.28

Event Report

Singular Visionが産業を変える——THE BENTO BOXが描く“群”の戦略

THE BENTO BOX DEMODAY & CO-CREATION SUMMIT 2026開催報告

2026年3月30日室町三井ホール&カンファレンスにおいて、一般社団法人Next Prime Food主催のTHE BENTO BOX DEMODAY & CO-CREATION SUMMIT2026が開催された。The BENTO BOXとは、日本の食産業から「ユニコーン級の事業創造を」をスローガンに、大企業が突き抜けたビジョン構築を行う5ヶ月のプログラムだ。イベントでは、日本の食産業が事業創造を仕掛けていく上での課題や可能性について、政府関係者やエキスパートによるパネルディスカッションが行われた後、スタートアップならぬ大企業によるビジョンピッチを開催。集まった200名あまりのイノベーターたちが、未来へのパッションと、今やらなければ日本の食は消えるという危機感に、共創へのコミットを示す1日となった。

停滞する「食」のパラダイムを打破せよ

日本の食産業は今、かつてない岐路に立たされている。冒頭、一般社団法人Next Prime Food代表理事の有馬暁澄氏と、田中宏隆氏は、今の食産業が置かれている課題とともに、THE BENTO BOX立上げの背景について語った。日本の食は、世界最高峰のクオリティと豊かな食文化を誇りながら、ビジネスの構造としては「複雑なサプライチェーン」と「強固なセグメント化(縦割り)」という二重の呪縛に囚われている。生産、加工、流通、そして消費。田中氏は、それぞれのフェーズに多層的なプレーヤーが介在し、行政の規制や商慣習が複雑に絡み合う現状は、もはや「効率的な分業」ではなく、イノベーションの進展を阻む「目に見える鎖」と化している、と述べた。この閉塞感を打破するために必要なのは、既存モデルの延長線上にある「微改善」ではない。時価総額10億ドルを超えるような「ユニコーン級の事業創造」であり、産業構造そのものを再定義するダイナミズムである。有馬氏は、こうしたバリューチェーンの再構築には、ルールメイキングも含め、行政ともうまく連携していなかければならないことも指摘した。

“検討”で終わる協業はもういらない

これまでにもさまざまな取り組みはあった。大企業が自ら社内アクセラレーターを始めたり、スタートアップとのマッチングイベントも行われたりしてはいる。だが、「検討」に終わるケースが後を経たない。THE BENTOBOXの強烈なメッセージには、形ばかりの提携や、出口のない実証実験(PoC)に終始する日本企業の現状への、深い危機感と憤りが込められている。2030年の輸出目標5兆円という野心的な数字を掲げながら、個別の「点」の戦いで世界に勝てるほど、グローバル市場は甘くない。今こそ、日本の食産業を縛り付ける鎖を断ち切り、バラバラに分断されたリソースを「群」として統合しなければならない。停滞するパラダイムをいかにして「覚醒」させるのか。その変革の号砲となったのがこのTHE BENTO BOX DEMODAY & CO-CREATION SUMMIT 2026である。

日本の食産業からユニコーンクラスをつくる上での課題は何か

パネルディスカッションでは、農林水産省大臣官房新事業・食品産業部国際グループ長の朝比奈祥子氏、経済産業省 PIVOTプロジェクト 食文化産業チームの迫田章平氏、フードテックエヴァンジェリストの外村仁氏と、有馬氏、田中氏を交え、まず、現状認識からスタートした。

なぜ、日本の大企業は近年これほどまでに新規事業の創出に苦戦するのか。その本質的な原因は、組織の深層心理に根ざした「3つの過剰」という病理にある。1つめはオーバープラニング(過剰計画)だ。予見不可能な未来に対して完璧なロードマップを求め、計画の精緻化にリソースを浪費する。2つめはオーバー分析(過剰分析)。リスクを極端に忌避し、実行よりも「できない理由」を探すためのデータ収集に明け暮れる。最後の3つめは、オーバーコンプライアンス(過剰法令遵守)だ。安全性を追求するあまり、既存の枠組みから一歩も出ない保守的な選択に終始する。これらの病理は、共創の現場において具体的な「3つの壁」として現出する。1つめの壁は、適切なパートナー探索の難しさである。出会いの場は増えたが、単なる「情報交換」で終わり、事業化を見据えた「目利き」が機能していない。2つめの壁は事業部門の巻き込みの難しさだ。「出島」で作ったアイデアが本業(既存事業)の論理に拒絶され、実証実験のまま死に至る「PoC死」の蔓延が起きる。3つめの壁は協業プロセスの属人化である。熱意ある個人の「志」に頼りすぎるあまり、人事異動によってプロジェクトが霧散する組織的学習の欠如が起こる。

基調講演で外村仁氏が放った「現在の中間管理職の成功体験は、これからはほぼ通用しない」という言葉は、大企業の経営層に対する死刑宣告に近い。過去の高度経済成長期に最適化された成功の方程式は、もはや負債でしかない。新規事業を「やっている感」を演出するための社内レポート作成や、数値目標の罠に陥った「手段の目的化」は、貴重な経営資源の搾取に他ならない。真の共創とは、居心地の良い「仲良しクラブ」を作ることではない。異なる専門性、異なる文化、そして異なる時間軸を持つ者同士が、本気でぶつかり合う「異種格闘技」である。この摩擦を恐れず、既存の壁を破壊する覚悟があるか。その問いに答えられない企業に、未来を語る資格はない。

ユニコーンクラスの事業を継続的に生み出すために

ここで我々が直視すべきは、韓国「K-Food」の戦略だ。米国のスーパー(Trader Joe’s等)でキンパが欠品するほどのブームを巻き起こした背景には、K-PopやK-Dramaと連動した「面」の戦略がある。韓国は国としても積極的にK-Foodの輸出に取り組んでおり、質が完璧でなくても、まずはスピード感を持って市場を制圧する。対する日本は、海苔の風味や米の質といった「完璧主義」に固執するあまり、市場の主導権を奪われている。

パネルディスカッションでは、日本の国としても、国も(民間の)現場が機動的に動けるように支援していくことや、「盛上げの醸成」といったことも含めて動いていけないかという期待が示された。THE BENTOBOX PROGRAMが大企業に繰り返し伝えているのは、その事業で社会をどう変え、その先にどんな世界を作りたいのか、という「突抜けビジョン(Singular Vision)」だ。保守的な大企業は、とかく顕在化しているニーズへの対応に終始しがちだが、スタートアップが見据えている潜在的なニーズにも注力すべきだ。「そんな小さな市場相手にできない」と突っぱねるのではなく、N=1からクリティカルなニーズを引き出し、それによって社会が変わる。

7社の大企業から飛び出たトンデモビジョンに会場も釘付け

こうした議論を受け、参加企業のピッチが行われた。日頃スタートアップのようなピッチをすることがない企業のプレゼンターは、念入りに準備を重ね、会場へ熱いパッションとともにビジョンを呼びかけた。およそ5ヶ月のインプットと議論を重ねた上で紡いだ渾身のピッチを見ていこう。

産業を根底から支える「新・インフラ」の構築: 池田糖化工業/東邦ガス

食のバリューチェーンを支える「黒子」企業たちが、これまでの「リクエスト」起点の受動的な姿勢を捨て、自ら産業をリードする役割へと進化しようとしていた。

食品用の中間原料を扱う池田糖化工業は、スタートアップが持つ革新的な素材、いわゆる「Singular Ingredients(特異的な素材)」が直面する社会実装の壁に着目した。

スタートアップには優れた技術があっても、原料規格、ロット、供給力などの壁によって、実際の製品に採用されるまでのハードルがある。また出口側とのタッチポイントが限られており、ニーズや課題が把握しきれない。同社が立ち上げた「SEED BRIDGE」は、スタートアップの素材を大企業のニーズに合わせて「使える形」に仕上げる、言わば「総合コーディネーター(リエゾン)」機能である。

エネルギー企業が農業に挑むのは東邦ガスだ。自社グループのプラントエンジニアリング技術等を出資先の㈱TOWING社のバイオ炭「宙炭」製造に活用し、その宙炭を自社ブランドのぶどう「燈果(TOUKA)」の栽培に活かす循環型低炭素農業を構築。新規事業領域を「シン・インフラ」と定義し、アグリフードでは担い手不足の農業の課題解決と、6次化による食領域へ進出に挑む。

大企業から発信された日本の伝統の再定義と、事業共創へのコミット:ミツカン/アサヒビール

伝統の看板を背負う大企業が、自らのミッシングピースを埋めるために選んだのは、スタートアップとの共創だ。ミツカンは自社の200年の歴史を「プラットフォーム」へ進化させる。江戸時代の「酒粕のアップサイクル(お酢づくり)」という原点に立ち返り、すしを単なる料理ではなく、植物工場や陸上養殖といった多様なフードテックが集い文化と産業を育てる「プラットフォーム」と再定義。100年後の地球に「すし」を囲む笑顔を繋ぐため、自社にない一次加工や原料生産の技術をもつスタートアップとの協業を模索する。

アサヒビールは、バラバラな「発酵業界」を大規模化する。小粒な動きに留まっている日本の優れた発酵文化を、アサヒのネットワークとブランド力で集約。マイボイスコムの2021年の調査によれば発酵に関心がある層は60%をこえる。しかし、業界は小粒な事業者の集まりにすぎず、これまで一丸となって取り組んだことがない。「稼げる食産業」として再構築し、日本の発酵技術を世界中の小売棚へ届ける「大規模化のハブ」となることを目指す。

「誰一人取り残さない」食のダイバーシティ:SEIBASE/グリーンハウス

十分な選択肢が存在しなかった領域にこそ、共創の真価が問われる。SEIBASEは、「誤嚥や咀嚼困難」に悩む人は1,000万人以上に上ることに注目。「父親が嚥下食を食べて元気になった」という創業者の原体験を基に、専門家の知見を凝縮した食品開発・サブスク事業を展開。「我慢」して食べるものではなく、誰もが食べたくなる食品の提供を目指す。

グリーンハウスは、減塩やシニアの低栄養など、これまで「個人の我慢」や「諦め」で片付けられてきた課題に全力で取り組む姿勢をみせた。つわりや過敏性腸症候群など市場がニッチでも、切実な悩みを抱える人は確実に存在する。国内の大人人口のうち、半分はなんらかの「通院」を余儀なくされている。栄養指導の知見と研究開発を掛け合わせ、健康とおいしさを両立させる「ペイン改善食」を提案する。スタートアップの「課題ドリブン」な発想と、大企業の資源が融合すれば、切り捨てられてきた弱者の課題が、世界を救う巨大な事業へと化けるのだ。

THE BENTO BOXに参加した大企業たちは、これまでのどちらかというと受身な姿勢から、自ら市場の潜在ニーズを掘り起こし、スタートアップの技術を組み合わせて提案する主体へと変貌することにコミットしていた。日本のフードシステムは、一農家や一物流企業では太刀打ちできないような課題が山積している。大企業の技術力で突破し、スタートアップの機動力で産業全体のパイを広げる決意を「Singular Vision」にこめて発信した。これこそが大企業の果たすべき真の役割である。ネットワーキングでは、ビジョンを発信した企業に名刺交換の行列ができていた。ビジョンへの共感は得られた。事業構築の扉が開かれた。


イベント主催:一般社団法人Next Prime Food

写真提供:一般社団法人Next Prime Food

記事制作:株式会社UnlocX